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 松竹下加茂撮影所  NO.30  2009.8.14

今回は戦前に時代劇の第一次黄金期を担った松竹下加茂撮影所をご紹介いたしますね。

松竹京都下加茂撮影所は、歴史ある下鴨神社から北西の府立植物園へ
向う加茂川堤の内側の風光明媚な下鴨宮崎町の一角にありました。(現下鴨小学校並び)

当時の松竹下加茂撮影所は、林長二郎(長谷川一夫)・高田浩吉・坂東好太郎の三代スタ-を
擁し、監督に衣笠貞之助・二川文太郎・秋山耕作、脚本に水門王吉・柳川眞一・木村富士夫・
藤井滋司、撮影に森尾鉄郎氏などそうそうたるメンバ-が勢揃いして、無声映画からト-キー
に切替わる頃の時代劇映画の黄金期を担っていました。

1931年(昭和6)に満州事変が始まり、日本は軍国主義の道をひた走っていました。

人々は、そんななか映画・ラジオ・歌謡曲・学生野球観戦などに娯楽を見出していました。

映画も最初の全盛時代と云われています。

私の父・日夏英太郎も下加茂撮影所で、助監督・シナリオライタ-として働いていました。

マキノ映画の解散後、松竹に移籍できた喜びを「洛東雑記」で語っていますが、下加茂撮影所の
様子を想像していただけたら嬉しいです。     

    『洛東雑記』  (映画雑誌「下加茂」1931年11月 号)
 
 「秋! 洛東・加茂の堤に月見草高く咲き乱れ、はろばろとひろがったすがゝしい層雲の
蒼ッぽい構図をハスに切って、スタジオのトタン屋根が、シンシンと蒼白い月光に浸されている。

 その屋根の下で、煌々たるライトを浴びたスタジオマンの姿が、バルヴオの冷たい金属性の
音の中に溶けてゆく。

 加茂河原の水は、とまる事を知らずして永久に流れるかの如く、そして真白な水瀬の
心よき韻律は、松竹の人となった僕への印象深きプレリユ-ドだ。

 しかも、なごやかな此のスタジオの愛情のなかで、人は怒り、人は泣き、そして人は笑う」
   

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