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大映京都撮影所跡地

 大映京都撮影所跡地  No.24  2009.2.24

第81回米国アカデミ-賞で滝田洋二郎監督の納棺師を描いた
「おくりびと」が外国語映画賞を獲得し、テレビも新聞も快挙と喝采し
ていますね 。

また、加藤久仁生(くにお)監督の「つみきのいえ」も短編アニメ-ション
賞を受賞され、日本中が喜びに包まれています。

ほんとうに素晴しいことですね

今夜は、その話題に因み太秦多藪町の大映京都撮影所跡地を御紹介
しますね。

2007-6-daieisatsueijo.jpg 

大映京都撮影所は、1951年に黒澤明監督「羅生門」(名誉賞)、1954
年に日夏英太郎の恩師でもある衣笠貞之助監督が「地獄門」(名誉賞)
を受賞されています。

私は2007年7月に家のアルバムに残された私の父・映画監督の日夏
英太郎と母の花子、そして幼い兄が睦まじく3人で暮らした太秦多藪町
を探し求めて歩いていた時に、たまたま大映京都撮影所跡地に巡り会い
ました。

嵐電太秦駅・かたびらの辻駅の南、ほぼ中程にありました。

社長の永田雅一氏は、当時競馬の馬主、プロ野球大映(後に大毎?)
オ-ナ-としても有名で「ラッパ」のニックネ-ムで親しまれていました。

1971年(昭和41)に惜しいかな大映映画は倒産しましたが、溝口健二・
増村保造・ 市川昆監督などが名作を世に送り出したことでも知られて
いますよ。

また、長谷川一夫・京マチ子・市川雷蔵・山本富士子・若尾文子・田宮
次郎さんなど名優の演技も評判を呼びました。

私の父・日夏英太郎も戦前永田雅一氏が撮影所長をしていた新興キネマ
でお世話になりました。


  2007-6-daiei-kinenhi.jpg

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テーマ : 京都 - ジャンル : 旅行

コメント

太秦(うずまさ)映画の街

 よくぞ、御両親の活躍されていた「大映京都撮影所跡地」を訪問されて、よかったですね。
 心の通いを十分に偲ばれた事でしょう。

日本の映画が世界に客光を浴び、その先駆者として、意義深い日となりました。

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