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曼殊院 八窓の茶室

 2006年5月に友人と訪れた 曼殊院を思い出していました

 あの頃は、私がメルマガ「もっと知りたい京都」を書き始めた
 時期でした。

 ただひたすら「もっと知りたい京都」に打ち込んだ日々、そして
 その後の2年間でした。

 でも、最近は100号も近くになるにつれ、緊張感が今一つ続か
 なくなった様な気もしております。

 101号から「もっと知りたい京都」も、このブログのように楽しみ
 ながら書いていけ たら・・・などと心に描いております。

 曼殊院に同行してくれた友人のブログです

 ぜひ応援してあげてくださいね。

     「Bearママのつぶやき」

  
      
曼殊院  八窓の茶室

 曼殊院は、のどかな田園風景もみられる比叡山の西麓にあり、
 洛北屈指の門跡寺院と云われています。

 曼殊院は比叡山西塔にあった東尾坊を前身とする寺院ですが、
 江戸時代初期の1656年(明暦2)に、良尚法親王(りょうしょう
 ほう)が 入寺され現在地に堂宇を造られたそうです。

 曼殊院は竹の内門跡とも云われ、天台宗の五門跡(三千院・青蓮
 院・ 妙法院・毘沙門堂・曼殊院)の一つに数えられています。

 良尚法親王は、第106代・正親町天皇(おおぎまち)のお孫さん
 にあたり、 父・八条宮智仁(としひと・後陽成天皇の弟)親王の
 ご次男で、寺を与え られ僧侶となられたと云われます。

 曼殊院の小書院の奥にある八窓の茶室(八窓軒・重要文化財)は、
 三畳台目の茶室で、素朴で侘びさびの情緒がありました。

 私は正座して友人と共に神妙に、小僧さんの親切な説明に耳を傾け
 ました。

 八窓とは、仏教の八相成道(釈尊の生涯を八つの場面に分けて説く)
 を表現したものと云われています。
 (下天・拓胎・出胎・出家・降魔・成道・転法輪・涅槃(ねはん))

 躪口(にじりぐち)右手にある窓は虹窓とも呼ばれ、障子に桟の影が
 写って 虹の様な色が浮ぶそうです。

 右手南側の下地窓を開けると、廊下伝いの延長上に、庭園の中心の
 “滝石” が見える様になっていました。

 その演出が、実に見事でした。

 八窓の茶室は、古田織部(おりべ・安土桃山―江戸初期の武将・茶人)や
 小堀遠州の 好みを採り入れたものと伝えられていますよ。

     ■ 日夏もえ子著 「京都の風情 嵯峨野物語」


          2009-2-manshuin.jpg
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テーマ : 京都・奈良 - ジャンル : 旅行

コメント

曼珠院

 一言で言えば「京都観光NO1」人生の一生を庭園で示しています。
写真の屋根が「雁行形」で雁の群れが飛び交う姿で、良尚親王の父・兄の建てられた
桂離宮にも、見られます。

 此処も、浩宮皇太子並びに秋篠宮が二度訪問されています。そして紀子さまも。
山並みの小道にあるため、観光バスのルートに成らず、隠れた名刹。廊下を舟に見立てて庭園を鑑賞されれば、きっと心和むことでしょう。

 お友達と想い出深い、体験をなさいましたね。 













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