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一乗寺下り松 宮本武蔵と吉岡一門の決闘地

 昨日は、私の父・映画監督の日夏英太郎に関する取材に
 Aテレビ局のディレクタ-氏とカメラマンが私の家に午後
 1時30分頃みえました

 ディレクタ-は気さくな方でしたので、私もあまり緊張する
 ことなくインタビュ-に応じることが出来たような気が
 致します。

 (ただ家でミニチュアダックスを2匹飼っていて、そのうちの
 1匹が来客がありますと吠えまくり、話どころでなくなります
 ので、前もって家から車で10分位の所にある私の仕事場に
 連れて行っておきました)

 4月下旬ごろ放送予定ですので、また近くなりましたらお知
 らせ 致しますね

  一乗寺下り松 

 洛北の詩仙堂手前にある一乗寺下り松は、宮本武蔵と吉岡一門
 の決闘地として知られています。

 宮本武蔵(1584年(天正12)-1645(正保2))は、江戸初期の兵法家・
 剣術家・水墨画家・工芸家で、出身は江戸時代の地誌「東作誌」
 によれば、美作(みまさか・岡山県)宮本村とあり、晩年の武蔵の
 著「五輪書」には、生国播磨(兵庫県)とも記されているそうです。
 
 二天一流(二刀流)を開き、60数回の勝負に1度も負けたことがな
 かったと伝えられていますよ。

 一乗寺下り松での吉岡一門との決闘(武蔵21才)や、山口県下関・
 巌流島での佐々木小次郎との決闘(武蔵29才)は有名ですね。

 1640年(寛永17)から、熊本藩主・細川忠利の客分として、晩年
 の5年間を過ごしたと云われています。

 著書として、熊本市西方にある金峰山麓の “霊厳洞”にこもり、
 死のまぎわ迄、筆を握り、新免武蔵守藤原玄信の名で書いた
 「五輪書」(地・水・火・風・空の巻)の他に、「極意書」「自戒書」
 (号は二天)などがあるそうです。

 水墨画に山水・花鳥・人物画などがあり、「鵜図」「正面達磨図」
 「野馬図」などの作品を残したと伝えられています。

  観智院(東寺塔頭) には水墨画の「鷹の図」が客殿上座の間の
  床の間に、また「竹林図」が襖4枚に描かれていると云われます。
 
  
  日夏もえ子著 「京都の風情 大覚寺慕情」


                  2009-1-ichijouji.jpg

 
 
 
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テーマ : 京都 - ジャンル : 旅行

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